寺田 寅彦
石油ランプ
(この一篇を書いたのは八月の末であった。九月一日の朝、最後の筆を加えた後に、これを状袋に入れて、本誌に送るつもりで服のかくしに入れて外出した。途中であの地震に会って急いで帰ったので、とうとう出さずにしまっておいた。今取出して読んでみると、今度の震災の予感とでも云ったようなものが書いてある。それでわざとそのままに本誌にのせる事にした。)
生活上のある必要から、近い田舎の淋しい処に小さな隠れ家を設けた。大方は休日などの朝出かけて行って、夕方はもう東京の家へ帰って来る事にしてある。しかしどうかすると一晩くらいそこで泊るような必要が起るかもしれない。そうすると夜の燈火の用意が要る。
電燈はその村に来ているが、私の家は民家とかなりかけ離れた処に孤立しているから、架線工事が少し面倒であるのみならず、月に一度か二度くらいしか用のないのに、わざわざそれだけの手数と費用をかけるほどの事もない。やはり石油ランプの方が便利である。
それで家が出来上がる少し前から、私はランプを売る店を注意して尋ねていた。