寺田 寅彦
チューインガム
銀座を歩いていたら、派手な洋装をした若い女が二人、ハイヒールの足並を揃えて遊弋していた。そうして二人とも美しい顔をゆがめてチューインガムをニチャニチャ噛みながら白昼の都大路を闊歩しているのであった。
去年の夏築地小劇場のプロ芝居を見物に行ったときには、四十恰好のおばさんが引っ切りなしにチューインガムを噛んでいるのを発見して不思議な感じがしたのであった。
二十年前に大西洋を渡ってニューヨークへ着きホボケンの税関の検閲を受けたときに、自分のカバンを底の底までひっくり返した税関吏が、やはりこのチューインガムを噛んでいた。これが自分のチューインガムというものに出会った最初の機会であった。勿論その時はチューインガムという名前も知らず、この税関吏が何故に、何のために、何物をニチャニチャ噛んでいるかも少しも分らなかった。しかし、ともかくもこの最初のチューインガムの第一印象が自分にとってかなりに悪いものであったことだけはたしかである。
ヨーロッパ中の色々な国をあるき廻ったが、税関の検査はほとんど形式だけのものであった。ロシアは八かましいと聞いていたから、自ら進んでスートケースの内容を展開しようとしたら税関吏の老人はニコニコしながら手真似で、そうしなくてもいいと制するのであった。尤もその前に一枚のルーブリの形をした信用状が彼のかくしに這入っていたのであったと記憶する。ドーヴァへ渡ったときは「エネシング、トゥ、デクレアー」と聞かれ「ノー」と答えた、ただそれだけであった。パリのガール・デュ・ノールでは誰だか知らない人が書式へいい加減のことを書いてくれてそれで万事が滞りなくすんだのであった。到る処の青