中里 介山

大菩薩峠

一

この際、両国橋の橋向うに、穏かならぬ一道の雲行きが湧き上った――といえば、スワヤと市中警衛の酒井左衛門の手も、新徴組のくずれも、新たに募られた歩兵隊も、筒先を揃えて、その火元を洗いに来るにきまっているが、事実は、半鐘も鳴らず、抜身の槍も走らず、ただ橋手前にあった広小路の人気が、暫く橋向うまで移動をしたのにとどまるのは、時節柄、お膝元の市民にとっての幸いです。というのはこのほど、両国の回向院に信州善光寺如来のお開帳があるということ。そのお開帳と前後して、回向院の広場をかりて広大な小屋がけがはじまったこと。その小屋がけの宣伝ビラが、早くも市中の辻々、湯屋、床屋の類に配られて、行く人の足を留めているということ。

その宣伝ビラもまた、小屋がけの規模の大なると同じく、ズバ抜けて大きなものへ、亜欧堂風の西洋彩色絵で、縦横無尽に異様の人間と動物とを描き、中央へ大きく、

「切支丹大奇術一座」

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