魯迅

鴨の喜劇

ロシヤの盲目詩人エロシンコ君が、彼の六絃琴を携えて北京に来てから余り久しいことでもなかった。彼はわたしに苦痛を訴え

「淋しいな、淋しいな、沙漠の上にある淋しさにも似て」

これは全く真実の感じだ。しかしわたしは未だかつて感得したことが無い。わたしは長くここに住んでいるから「芝蘭の室に入れば久しうしてその香を聞かず」ただ非常に騒々しく思う。しかしわたしのいわゆる騒々しさは、彼のいわゆる淋しさかもしれない。

わたしは北京にいると、春と秋がないように感じるが、長く北京にいる人の話では、ここでは先にはこんなに暖かいことがなかった。地気が北転しているのだという。しかしわたしにはどうしても春と秋が無いように思われる。冬の末と夏の初めが受け継ぎ受け渡され、夏が去ったかと思うとすぐに冬が始まる。

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