北村 透谷

国民と思想

(1)[#「(1)」は縦中横] 思想上の三勢力

一国民の心性上の活動を支配する者三あり、曰く過去の勢力、曰く創造的勢力、曰く交通の勢力。

今日の我国民が思想上に於ける地位を詳らかにせんとせば、少なくとも右の三勢力に訴へ、而して後明らかに、其関係を察せざる可からず。

「過去」は無言なれども、能く「現在」の上に号令の権を握れり。歴史は意味なきペーヂの堆積にあらず、幾百世の国民は其が上に心血を印して去れり、骨は朽つべし、肉は爛るべし、然れども人間の心血が捺印したる跡は、之を抹すべからず。秋果熟すれば即ち落つ、落つるは偶然にして偶然にあらず、春日光暖かにして、百花妍を競ふ、之も亦偶然にあらず、自然は意味なきに似て大なる意味を有せり、一国民の消長窮通を言ふ時に於て、吾人は深く此理を感ぜずんばあらず。引力によりて相繋纏する物質の力、自由を以て独自卓犖たる精神の力、この二者が相率ひ、相争ひ、相呼び、相結びて、幾千幾百年の間、一の因より一の果に、一の果より他の因に、転々化し来りたる跡、豈に一朝一夕に動かし去るべけんや。

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