山路 愛山

北村透谷君

明治廿二年、予の始めて上京するや偶銀座の街を歩し書肆に於て一冊を得たり、題して楚囚の詩と曰ふ。予は之れを読んで其言の欝愴たるを奇としたりき。

同廿四年、予の遠江にあるや友人明石桜井君、一書を予に贈れり、題して蓬莱曲と曰ふ。是れ楚囚の詩と作者を同ふする者。

其夏余再び上京す。一日桜井氏が本郷の小楼に在り、座上一客を見る。桜井氏之れを予に介して曰ふ。即ち蓬莱曲の作者北村透谷君也。余が交を透谷君に訂せしは是を始めとす。

余をして遠慮なく白状せしめば透谷君は今日に比類少き好人物なり。彼れの中には一点の邪念なし。彼れは容易に人の言ふ所を信じ、容易に人の長所に服せり。彼れは人に対して最も深き同情を表し得べき人なり。かゝりしかば余は心より其人と為りに服せざるを得ざりき。斯くして二人の交は成れり。

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