清水 紫琴
一青年異様の述懐
恋愛を知らずして、恋愛を画くは。殆んど素人の、水先案内をなすが如し。いはんや、異性の人の、恋愛においてをや。されどかれは、誤れば人命を傷ふの恐れあれど、これは間違へばとて、人の笑ひを招くに止まると、鉄面にものしぬ。予は敢へて、恋愛を説くといはじ。ただその一端はかくやらむと。疑ひを大方に質すのみ。
つゆ子しるす
予は何故に、彼女のこと、かほどまでに、心に掛かるか、予が彼女に始めて逢ひたるは、たしか数日以前の事にてありき。その後予は、彼女の事について、思ふ外は、何事をも思はず。また彼女に再び逢はむとて、一二度予が友の家へ行きたる外は、何事をなし来りたるかを記憶せざるなり。ただある一人の友は、予が二三日前学校の窓に依りて、何日になく、沈んだる調子にて、何か考へいたりしを、見しといへり。また一人は、昨日途中にて、予に出会いしかど、予はただその顔を見たるのみ、彼が何をかいひたるに、答へずして行き過ぎたりと告げたりき。されば予は、例の如く、学校にも行きしものと見ゆ。されども予は記憶せず、予はただ彼女の事のみを思ふ。予は実に、不思議なる人と、なりたるかな。予はもと、父母より稟けたる、資質と、しかも自らの修養とに依り、物に動せざる特性は確かに、備へをりたり。この点は人よりも称せられ、また自らも恃みいたりしなり。故に今日まで、いかなる場合、いかなる事変、いかなる人物に接しても、怖るる、あわてる、驚くなどいへる事は、なかりしに、彼女に対しては、予は全く眼眩み、口咄し、耳聾し、恍惚として、自他の境をも、弁ぜざるものと、なりたるなり。これまで、強情なる男といはれたる予が、彼女の前には、一処女の如く、