清水 紫琴
もつれ糸
「銀さんー」と、女は胸に手を差入れて、切ない思いをこらへながら、みんなあたしが悪かつたの、耐忍しておくれ、ねあたしだつて、何も酔興で、彼家へ嫁入つたといふのじやなしさ、お前さんも知つての通りな羽目になつて、よんどころなく、つひ……」
と男の面をそつとながめて、ほろりとした。年の二十三か四でもあろう。頭髪の銀杏返とうに結つて、メレンスと繻子の昼夜帯の、だらり、しつかけに、見たところ、まだ初々しい世話女房であつた。
「そりや、解つてらア」と、銀と呼ばれた男は、つつけんどんにいつた。酒に靡へてか、よろめく足元危く、肩には、古ぼけた縞の毛布をかけていたが、その姿から見ると、車夫ででもあろうか。年は女よりは三つばかり年長に見えた。
大学の大時計と、上野の時鐘とが、言い合わしたように今、十時を打ち出して、不忍池畔の夜は更けた。その静けさを破つて、溝川を越えて彼方の町並を流し行く三味線の音がしんみりと聞こえる。秋といつても九月の末、柳は、もう大概落葉してしまつた。