岡本 綺堂

海亀

一

「かぞえると三十年以上の昔になる。僕がまだ学生服を着て、東京の学校にかよっていた頃だから……。それは明治三十何年の八月、君たちがまだ生まれない前のことだ。」

鬢鬚のやや白くなった実業家の浅岡氏は、二、三人の若い会社員を前にして、秋雨のふる宵にこんな話をはじめた。

そのころ、僕は妹の美智子と一緒に、本郷の親戚の家に寄留して、僕はMの学校、妹はA女学校にかよっていた。僕は二十二、妹は十八――断って置くが、その時代の若い者は今の人たちよりも、よっぽど優せていたよ。

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