伊丹 万作

カメラに関する覚え書

ある人が私の作品のあるカメラ・ポジションを批評して、必然性がないから正しくないといつた。

私の考えではカメラ・ポジションに必然性がないということはあたりまえのことで、もしも必然性などというものを認めなければならぬとしたら非常に不都合なことになるのである。

なぜならば一つのカットの撮り方は無数にあるわけで、その多くの可能性の中から一つを選ぶことが芸術家に与えられた自由なのである。したがつて必然性を認めるということは芸術家の自由を認めないというのと同じことで、それならば映画製作に芸術家などは要らないことになつてしまう。

カメラ・ポジション選定の過程においてもしも必然性を認めるとしたら、それは芸術家がその主観において、「よし」と判断する悟性以外にはあり得ない。そしてその意味においてならば私は自分の作品のカメラ・ポジションには残らず必然性があると主張することもできるし(実際においては必ずしもそうは行かないが)、何人も外部からそれを否定する材料を持たないはずである。

青空文庫の作品カード