国枝 史郎

銅銭会事変

女から切り出された別れ話

天明六年のことであった。老中筆頭は田沼主殿頭、横暴をきわめたものであった。時世は全く廃頽期に属し、下剋上の悪風潮が、あらゆる階級を毒していた。賄賂請託が横行し、物価が非常に高かった。武士も町人も奢侈に耽った。初鰹一尾に一両を投じた。上野山下、浅草境内、両国広小路、芝の久保町、こういう盛り場が繁昌した。吉原、品川、千住、新宿、こういう悪所が繋昌した。で悪人が跋扈した。

その悪人の物語。――

梅が散り桜が咲いた。江戸は紅霞に埋ずもれてしまった。鐘は上野か浅草か。紅霞の中からボーンと響く。こんな形容は既に古い。「鐘一つ売れぬ日はなし江戸の春」耽溺詩人其角の句、まだこの方が精彩がある。とまれ江戸は湧き立っていた。人の葬式にさえ立ち騒ぐ、お祭りずきの江戸っ子であった。ましてや花が咲いたのであった。押すな押すなの人出であった。さあ江戸っ子よ飜筋斗を切れ! おっとおっと花道じゃあねえ。往来でだ、真ん中でだ。ワーッ、ワーッという景気であった。

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