中井 正一

「焚書時代」の出現

立法部門が自分で立法機関をもつということ、この当り前のことが、今までなかったということが、実は不思議だといえば不思議だったわけである。

しかしこの当り前のことが行なわれるために、今まで、数千年の歴史が無駄というか、たいへんないばらの路を歩みつづけてきたことを思うとき、感慨無量たらざるをえない。

中国の歴史『資治通鑑』を読んでいると、諌官なるものがいて、政治や法律を定めるとき、為政者に忠言をささげた。しかし、諌官が真に中国の民のことを思って発言すると、きまったように殺されてしまうのである。だから、諌官の方でも腹をすえて、発言するとき、冠を階の上に置いて死を覚悟の上で発言する。そして、常に果たせる哉、煮られるか、炙られるか、裂かれるか、斬られるか、獄されるか、毒を送られるかしてその生を終るのである。

知識が政治に関与する仕方は三千年の間、多くこのような姿においてであった。思えば馬鹿げたことだが、全くそうだったのである。かかることを省みながら、民衆の自ら立法し、その立法の機関と、その知識的忠言を図書館組織において整理するということを眼前に見るとき深い感慨がある。三千年が間に破滅に臨み、悲しみつつかかる時代を夢みた知識人は幾十人あったであろうか、幾百人であっただろうか。いや、知識そのものが傷み悲しんでいたともいえよう。

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