宮沢 賢治
鹿踊りのはじまり
そのとき西のぎらぎらのちぢれた雲のあいだから、夕陽は赤くななめに苔の野原に注ぎ、すすきはみんな白い火のようにゆれて光りました。わたくしが疲れてそこに睡りますと、ざあざあ吹いていた風が、だんだん人のことばにきこえ、やがてそれは、いま北上の山の方や、野原に行われていた鹿踊りの、ほんとうの精神を語りました。
そこらがまだまるっきり、丈高い草や黒い林のままだったとき、嘉十はおじいさんたちと北上川の東から移ってきて、小さな畑を開いて、粟や稗をつくっていました。
あるとき嘉十は、栗の木から落ちて、少し左の膝を悪くしました。そんなときみんなはいつでも、西の山の中の湯の湧くとこへ行って、小屋をかけて泊って療すのでした。
天気のいい日に、嘉十も出かけて行きました。糧と味噌と鍋とをしょって、もう銀いろの穂を出したすすきの野原をすこしびっこをひきながら、ゆっくりゆっくり歩いて行ったのです。