高山 樗牛
清見寺の鐘声
夜半のねざめに鐘の音ひゞきぬ。おもへばわれは清見寺のふもとにさすらへる身ぞ。ゆかしの鐘の音や。
この鐘きかむとて、われ六とせの春秋をあだにくらしき。うれたくもたのしき、今のわが身かな。いざやおもひのまゝに聽きあかむ。
秋深うして萬山きばみ落つ。枕をそばだつれば野に悲しき聲す。あはれ鐘の音、わづらひの胸にもの思へとや、この世ならぬひゞきを、われいかにきくべき。怪しきかな、物おもふとしもあらなくに、いつしかわが頬に涙ながれぬ。
間どほなる鐘の音はそのはじめの響きを終りぬ。われは枕によりて消ゆるひゞきのゆくへもしらず思ひ入りぬ。