中井 正一
映画と季感
これまで映画は、夏興行のものを、冬撮ることになり、ブルブル慄えながら裸かものを撮り、夏の真中に着物をいっぱい着込んで、塩をいっぱいまいて雪のつもりにしたものであった。
しかしそれは、いわゆる活動写真時代の名残りであって、いやしくも芸術として映画が独立する段階にいたっては、もはや許されないことなのである。
よく十六ミリなどで季節の変わったものを継いでみることがあるが、絶対にごまかしのならない季感がフィルムの上にあるものである。例えば、春になると水に光があらわれる。試みに十六ミリで同じ水を一月、二月、三月、四月と撮ってみるがよい。「水光る」季感は、いいようもない正確さでフィルムにあらわれてくるのである。
おそらく世界でも有数な季感の多い国土として、日本があるであろうが、また人のこころも世界で有数な敏感な民族であるにちがいない。