海野 十三

人体解剖を看るの記

僕は最近、はからずも屍体解剖を看るの機会を持った。僕の友人に、慶応の生理学の先生である林髞博士というのがあるが、この林博士は前から僕に屍体解剖を見物するように薦めてくれたのであった。僕はもちろん見たいには見たかったのだ。しかし困ったことに、いくら見たくとも、それは芝居や犬の喧嘩を見るように簡単にはゆかないのである。つまり胆力という問題、換言すれば、脳貧血になるかならぬかという問題が存在するため、手軽に「では見せて貰いましょう」というわけにはなかなかゆかないのである。

ところが最近、僕は思いがけないチャンスをつかんで、とうとう解剖の始めから終りまで見てしまった。お医者さまには一向珍らしいことではあるまいが、僕にはたいへん興味あることだった。それで僕は、素人としての印象記をここに録してせっかくのその日の記憶が薄れてしまうのを防ごうとするものである。

僕はその日、或る用件のため、或る病院で働いていた。ところが看護婦が知らせてくれたところによると、その夜、病院に於て他殺屍体の解剖があるという話である。これは全く珍らしいことである。私も病院で働いている上からは、直接関係はなくとも、人体の解剖ぐらいは見て置いた方が参考になると思い、その始まるのを待った。

日がとっぷり暮れて、電灯がついた。

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