岸田 国士

緑の星

ヨーロッパ通ひの船が印度洋をすぎて、例の紅海にさしかかると、そこではもう、太古以来の沙漠の風が吹き、日が沈む頃には、駱駝の背越しに、モーヴ色の空がはてしなくつづくのが見える。

その時、海の旅にあきた誰れかれの眼に、きまつて妖しく映るのは、地平線のうへに、次ぎから次ぎへと湧きでる、あの星ともいへぬ星、ひとつひとつが胸飾りのやうに鮮明な、エメラルドの星のまたたきである。

深草乃里は、二十何年か前の秋の航海で、その星の輝きがひとしほ眼の底に残つた、ある一夜の出来事を想ひ出してゐる。

どうして急にそんな記憶がよみがへつたか、もちろん、今日までそのことを、片時も忘れたことはないのだが、この日に限つて、彼女は、あの甲板の上で仰ぎみた真夜中の星の色を、まざまざと眼にうかべ、もう、六十に手のとどく皺だらけの頬に、われしらずぽつと血ののぼるのを感じた。

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