岸田 国士

悪態の心理

一

葉村ヨシエと佐原あつ子とは、いづれもある官庁の文書課に勤めてゐるタイピストで、二人は採用試験のあつた日にはじめて口をきき、希望がかなつていよいよ役所に顔を出すと、そこでもまたお互に幸運をよろこび合ひ、それ以来まる三年、机を並べて仕事をしてゐる間柄である。

ヨシエの生れは北海道旭川で、父親は林檎と除虫菊の可なり大規模な農園を経営し、彼女が旧制女学校を終へると、東京に出て自分の好きな道へ進むことをゆるした。はじめ、音楽をやるつもりであつたが、家の経済事情が急にわるくなつたため、思ひきつて音楽修業を断念し、タイプライタアを習つて自活する決心をつけたのである。色の白い、からだのひきしまつた、早口となまりで、時々話は聴きとりにくいが、明るい、はづみのある声の持主であつた。

一方、佐原あつ子は、名優某の落し種と自称して憚からぬ女子大卒業生で、時によると、事務官の英語の発音を直してやるほどのおせつかいだが、頼まれたことは決していやと言はず、誘はれれば、誰とでもどこへでも行く闊達自在な娘で、それでゐて、決して浮名を立てたことのないのは、必ずしも容姿風貌が美しすぎるからでも、まづすぎるからでもなく、ただ、妙にその点だけは、信用がおけさうな姐御肌のところがあるからであらう。

青空文庫の作品カード