岸田 国士
秋の雲
一
熊川忠範の名前は、今や、全村はおろか、県下に知れ渡らうとしてゐる、といつても言ひ過ぎではない。
一介の炭焼が、突如として名声を博し、やがて産を成す希望を与へられたと言へば、おそらく森の奥で金塊を拾つたか、谷川のほとりにラヂウム泉の湧き出るのを見つけたか、そのへんのところに相違ないと思ふひともあらうが、話はもう少し込み入つてゐて、しかも、人生の皮肉を興深く感じさせるものである。
太平洋戦争酣な頃、上州浅間山麓の焼石の原のまんなかへ、海軍関係の工場が建設され、いく百といふ召集漏れの男子が徴用工として集められた。