伊丹 万作

雑文的雑文

映画のことなら何でもよいから見計いで書けという命令であるが、私は天性頭脳朦朧、言語不明瞭、文章曖昧、挙動不審の人物であるからたちまちはたとばかりに当惑してしまう。

しかも命令の主は官営雑誌のごとき威厳を備えた『中央公論』である。断りでもしようものならたちまち懲役何カ月かをくいそうだし、引き受けたら最後八さん熊さんがホテルの大食堂に引き出されたような奇観を呈するに決まつているのである。

もつともひつぱり出すほうではもつぱら奇景の探勝を目的としているのであろうから、八さん熊さんがタキシードを着こなして手さばきも鮮かに料理を食うことよりもむしろその反対の光景を期待しているかもしれない。私は奇観をそこねないために法被で出かけることにする。

さて「日本にはろくなものは一つもない」というのは、いまどきの青年紳士諸君が一日三回、ないし二日に一回の割合をもつて好んで使用される警句の一つであるが、多くの警句がそうであるようにこの警句もまたほぼ五十パーセントの真理を含有している。なお、そのうえに「能と古美術と文楽と潜航艇のほかには」というような上の句を添加して用いた場合には事は一層迫真性を帯びてくるし、かたわら、使用者の価値判断の標準がいかに高いかということを暗示する点からいつてもはなはだ効果的である。

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