宮沢 賢治

革トランク

斉藤平太は、その春、楢岡の町に出て、中学校と農学校、工学校の入学試験を受けました。三つとも駄目だと思ってゐましたら、どうしたわけか、まぐれあたりのやうに工学校だけ及第しました。一年と二年とはどうやら無事で、算盤の下手な担任教師が斉藤平大の通信簿の点数の勘定を間違った為に首尾よく卒業いたしました。

(こんなことは実にまれです。)

卒業するとすぐ家へ戻されました。家は農業でお父さんは村長でしたが平太はお父さんの賛成によって、家の門の処に建築図案設計工事請負といふ看板をかけました。

すぐに二つの仕事が来ました。一つは村の消防小屋と相談所とを兼ねた二階建、も一つは村の分教場です。

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