岸田 国士
『桜の園』の思ひ出と印象
○一九二二年の暮れ、モスコオ芸術座の一行が初めて巴里を訪れ、シャン・ゼリゼエ劇場の大舞台で、その華々しい上演目録の中から、特に純露西亜の作品数篇を選んで、旅興行の蓋をあけた。
○『桜の園』はその一つであつた。
○僕は露西亜語がわからない。そこで、仏訳の『桜の園』を三度繰り返して読んだ。どの人物が、どこで、どんな台詞をいふといふことまでおほかた空で覚えた。殊に、全篇を流れる情調と場面場面の雰囲気、あの匂やかな機智の閃きと、心理的詩味の波動とを、自分のイメージとして、しつかり頭の中に描いて行つた。
○勿論、それぞれの人物は完全な一個の存在として一人一人僕の心の中に活きてゐた。