岸田 国士
「不可解」の魅力
解らない、然し、何だか、かうふわつと来るものがある。少しぢれつたい、が、悪い気持ちぢやない。
芸術の鑑賞が、常にこれでは少々心細いが、僕はたしかに、今日まで、かういふものにぶつかつたことがある。
処が、さういふものでも、処々はつきり解る部分がないではない。そして、此の解る部分の魅力が、解らない部分の魅力をかなり左右することにも気がついてゐる。
僕は、此の解らない部分の魅力といふやつが、相当に好きなんだ。その代り、解る部分がつまらなければ、解らない部分は一向に魅力をもたない。まあ、さういふことになる。信用といふものは恐ろしいものですね。