岸田 国士

俳優の素質

昔から俳優の素質を論じる場合に、誰でも「感性」を第一に挙げてゐるが、これはつまり、他の芸術家の如く、一方に於て同じ程度の「想像力」を必要としない結果、「感性」の必要が著しく目立つからであらう。

ある演劇論者の如きは、俳優には「感性」さへあれば「知力」は不必要だとまで主張したくらゐである。

なるほど、俳優がある人物に扮する場合、その「役の解釈」に、さほど頭を使ふ必要のなかつた時代は、さうであつたらう。つまり類型的な人物はただ「感性」の助けによつて、それを「如何に」表出するかの問題を解決すればよかつたのである。俳優がその「人物になり切る」ことを唯一の仕事とするならば、たしかに「感性」は何よりも大切である。何となれば、その仕事は「模倣」から遠くないものであるから。

然るに、ある種の戯曲、殊に近代劇に於ては、俳優の職分は、決して、ある人物を「如何に」表出すればいいかと云ふ点に尽きてはゐないのである。それ以前に、それ以上根本的な「仕事」が控へてゐる。即ち、「如何なる人物」を表出すべきかといふことである。言ひ換へれば、人物の解釈である。

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