岸田 国士
『ハイカラ』といふこと
近頃の若い人達は、もうこんな言葉は使はないかもしれないが、それでも、言葉そのものは、まだなくなつてはゐない。
「あの男はハイカラだ」といへば、その男がどういふ風な男であるかは問題ではなく、寧ろ、さういふことをいふ人間が、どんな人間であるかを知りたいほどの時代になつてゐるのかもしれない。
一体、この「ハイカラ」といふ言葉は、だれがどういふ機会に作りだし、いつ頃世間でもつとも流行したのであるか、私は記憶しないのであるが、なんでもその当時、洋服に「高いカラアをつけてゐる男」は、一般に「低いカラアをつけてゐる男」よりも、「ハイカラ」であつたに違ひない。これは、西洋でもさうなのであるか、私の観察するところでは、必ずしもさうだとは思へないが、洋服を着ることだけでもまだ珍しかつた時代の日本では、たしかに「高いカラア」をつけることが、いはゆる「ハイカラ」であつたに違ひない。
そこで、その「ハイカラ」は、「高いカラア」をつけることばかりを意味しないのはもちろんであつて、好んで「高いカラア」をつけるやうな男は、好んで派手なネクタイを結び、好んで素透しの眼鏡をかけ、好んでまた、先のとがつた靴を穿いたに違ひない。かくの如き男はまた、好んで英語を操り、好んで淑女たちの御機嫌をとつたに違ひない。