岸田 国士
新劇の行くべき途
事変下の所謂「思想統制」が演劇興行の上にまで及んで来たことは、これは止むを得ないものとして、われわれは寧ろ積極的に、その結果を本来の目的に副はしめるやう努力しなければならぬと思ふ。
営利本位の劇場が、それぞれ上演目録の一部を「時局向き」に着色しはじめたことについては、今私は何も云ふことはない。つまり「思想」のないところに統制もなく、従つて思想的な影響力等といふものは考へられないから、別に今更問題にしなくてもいゝのである。
しかし、新劇の領域では、少くとも、作家並に劇団は、真剣に、それぞれの立場に於て自分の仕事の可能性といふことを考へ、或は転向を覚悟し、或は自粛自戒を心掛け、更にこの機会に、希望をもつて新しい道を拓いて行かうとするなど、こゝのところ、少しばかり色めき立つてゐることは事実である。
ところが、私の考へでは、今日までの新劇の歩みをふり返つてみて、新劇自身のために、この波紋は、必ずしも憂ふべき現象ではないといふ見透しのもとに、寧ろ、新劇当事者は勇気を奮ひ起すべき時期だと信じるのである。