岸田 国士

『赤鬼』の作者阪中正夫君

新劇を見るほどの人で阪中正夫君の名を知らぬ人はあるまい。また、創作座の支持者で、『馬』の舞台から何か「新鮮なもの」を感じなかつた人もあるまい。

阪中君は、戯曲家として、やはり、リリシズムに出発し、現実の解剖に進んだ優れた作家の一人であるが、最近に至り、彼の着眼は次第に人間生活の複雑な機構、「利害」の心理ともいふべき一種素朴にして凄惨な情景に向けられはじめた。

しかしながら、彼は飽くまでも天成の芸術家であり、彼のうちの正義は冷やかな微笑をもつて、常にこの悲劇を見下してゐる。そこから、ファンテジイが生れ、道化味が湧き出るのである。

彼の企図するところは、恐らく、一つのタイプが発生する動機とミリュウ、そして、そのタイプが、過去と未来にまたがつて働きかける執拗な力であらうと思ふ。これは正しく、バルザックの世界を日本の、しかも、彼の身近な周囲に求めて、これを克明に描かうとする野心であり、そのためには、戯曲の形式は甚だ困難なものとなるのである。が、彼は、敢てこの形式を棄てない理由は、まさに「事相」に対する彼の詩的把握によるものだと思ふ。即ち、現実のイメエジは、彼の心眼に、ある姿態を映すよりも寧ろ、ある「韻律」を響かせて流れすぎるのである。

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