岸田 国士

中村・阪中二君のこと

中村正常君は戯曲家として世間の一部に名前を知られてゐる人である。僕は同君の作品を殆どみな読んだが、その世界の狭さには一寸驚いた。狭いだけならそんなに驚かないが、その狭い世界をはつきり掴んでゐるのに驚いた。どの作品も、悉く「ある青年がある少女を愛してゐるが、その少女は別に許婚なり恋人なりがあり、その青年をそばへ寄せつけておきながら、その青年の悩みを募らせることしか考へず、青年も亦恋の勝利者たることは一向夢みないで、だが、その少女が時々自分の方を振り向いてくれるといふ不幸な幸福のために、あらゆることを忘れてしまふ」物語である。

この焦れつたい物語は、中村君一流の甘つたれた調子で諄々と語られるのであるが、それを上の空で聞いてゐると、時々、坊つちやん臭い洒落が耳に残るくらゐで、苦笑の果ては「うるさいツ」と怒鳴りつけたくなるだらう。

ところが、その人物の一人一人を眼に浮べながら――殊にその人物をおどけた人形か何かに見たてて――ぢつと耳を澄まして聴いてゐると、これはまたとない面白い場面である。C'est dr※(サーカムフレックスアクセント付きO小文字)le ! である。ユウモアとかペエソスとかいふ言葉では現はし難い一種の遣瀬ない可笑味がある。

僕が中村君の中にミュッセとチャップリンとを見出すと云つたら、誰か異議を挟むものがあるだらうか。実際、中村君は、わが国の文壇に於て、ミュッセの如く、またチャアリイの如く独特な存在である。

青空文庫の作品カード