岸田 国士
一つの試案
一
先ごろから、魚屋、八百屋、菓子屋などの店先き、多くの主婦たちが一列に並んで順の来るのを待つてゐる買物風景は、どこへ行つても見ないといふわけにはゆかない。
日本は、まだまだ食ふに困らないだけのものは持つてゐる。みんなが、ちよつと不自由を忍ぶならば、一時間も二時間も並んで待つまでもなく、日常に食ふだけのものは間に合ふ筈である。もちろん、思ふとほりのものが、思ふぞんぶんに食べられるといふことはない。しかし、すべての人が同じやうに不自由を忍んで行かうとすれば、けつして食ふに困るといふことはないはずである。
なるほど物資の不足は、相当われわれの生活を不自由にするほどになつてゐる。しかし、それはものがないのではなく、ただ、それが一時、国民のすべてに行渡らないといふやうなことで、部分的に相当不自由を感じてゐるのであつて、その点さへうまくゆけば、けつして忍べないほどの不自由ではない。