岸田 国士

『桜樹』の序

日本人のすべてが、いま無意識にもとめてゐるものがある。いろいろな方面にそれがある。例へば小説にしても、今までのどんなものよりも身近な、それでゐて、おほらかなものを、それとははつきり言へないけれども、みんな心のなかで探してゐるやうに思ふ。

作家はむろんそれに気づいてゐる。しかし、書くといふことはひとつの習慣であるから、思ひきつて自分の殻を破らなければ、新しい方向に進むことはできない。準備はもうできてゐる。機会が与へられゝばいゝのである。

たまたま、私が翼賛会文化部の仕事をしてゐる関係で、今度陣容を建て直した翼賛出版協会から「健全で面白い小説」の出版について企画の相談をうけた。

私の頭には、すぐ数名の中堅作家の名が浮び、その才能、思想、気魄の点で、私の考へてゐる「日本人全体を対象とするやうな小説」の執筆の依頼をしたらといふ事が即座に決定したのである。

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