水野 葉舟

月見草

馬車が深い渓流に沿った懸崖の上を走っていた。はるかの底の方に水の音がする。崖の地肌には雪に、灰色の曇った空がうつって、どことなく薄黒い。疎林がその崖に死んだように立っている。

その中に、馬車の轍の跡だけが、泥に染んでいる。私はいま、東北の或る田舎を旅をしているのだが、この地方では、三月の半ば過ぎていると言うのに、まだ空は雪催いだ。

私は馬車の窓に倚りかかって、この目馴れない景色を見いっていた。道には人気も無かった。

馬車の中でも、もう皆くたびれていると見えて、誰も口を噤んでいた。ただ馬車が、危い道を揺り上げ、揺り上げ駆けていた。

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