岸田 国士
日本人とは?
「大事なこと」とは?
三年間の蟄居生活が私に教へたことは、「なにもしない」といふことの気安さと淋しさである。そして、この気安さと淋しさとは二つのものでなく、ひとつのものであり、それは表と裏、色と艶、光と影のやうな関係でつねに私の心を占めてゐた。もちろん、たゞこれだけの説明では誰にでもすぐにわかつてもらへさうにもない。「なにかをする」といふことにつきもののある精神の状態をひと口に云ひあらはすことはむつかしいが、そこにも必ずあるはずの明暗の交錯を思ひあはせてみれば、そんなものかと察せられるだらう。
ところで、さういふ無為の生活において、ともかくも私が生きてゐたといふしるしは、デカルト風に云へば、いろいろのことを考へないわけにいかなかつたこと、たゞそれだけである。しかも、それらの考へはなにひとつ花咲かず、みのらず、たゞ雑草のやうにはびこつてそのまま今日にいたつてゐる。
たまたま、S君の懇篤なすゝめがなければ、私はそれに手をつけることさへしなかつたらう。が、さて「なにもしない」ことの気安さはこゝで思ひ切るとして、一方の淋しさはいくぶん救はれるであらうか?