岸田 国士

『物言う術』の序に代へて

われわれが昔からその実体をもたぬわけではないのに、それがひとつの概念として規定されず、従つて、それを指し示す共通の言葉が生れなかつた、といふ例は、枚挙にいとまがない。

西欧文明の移入が、そのことをはつきりわれわれに覚らせた。

芸術の領域に於ても、われわれはしばしば新造語の助けをかりて何事かを語らねばならぬが、それらの多くは西欧の言葉の翻訳であり、そのために、思想がつねに借物の観を呈するのである。

私がかつてフランスに渡つてフランスの芝居なるものを実地に学ばうとした時、まづ困難を感じたことは、専門語の意味を観念として理解することではなく、それが指し示す実体を正確に捉へることであつた。そして、私が更に感慨無量であつたことは、かくしてやうやく捉へ得た実体は、別に、私にとつて、それ自身としては言葉ほど珍しいものではなく、ただ、それが、ひとつの厳しさをもつた現実のすがたになつてゐるのを注意すればよいことであつた。

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