岸田 国士
コポオの弟子たち
今の日本ではさういふことはあるまいけれど、私が三十年前にパリへ出掛けた頃は、仏蘭西に於ける新しい演劇界の消息といふものは、かいもく見当がつかぬ有様であつた。
パリにつくと、めくらめつぱふに芝居をみて歩き、新聞や雑誌をあさつて目星しい作家や劇団を名をひろひ、新刊旧刊の書物をむさぼり読んで、それでもひととほり、その時代の演劇地図を頭にいれるまで、たつぷり一年はかかつたと思ふ。
ヴィユウ・コロンビエ座の存在をやつとつきとめたとき、私の胸はをどつたけれども、変り目ごとの公演を欠かさず観るのがせいぜいで、その内部に接触をもとめることなど、無名にして貧寒な一外国青年の及びもつかぬことだと、半ばあきらめてゐたが、遂に意を決して、かねがねたまにその講義をのぞいてみたことのあるソルボンヌ大学のルボン教授に、私の希望を伝へたところ、至極手軽にコポオへの紹介状を書いてくれた。
私は、勇んでといひたいが、実は、臆する自分を鞭ちながら、はじめてヴィユウ・コロンビエの裏門をくぐり、大道具製作場の乱雑な通路をぬけて、ここと教へられた舞台横手の小部屋をノックしたのである。