岸田 国士
遺憾の弁
今期は該当作品なし、といふ決定をみた経過については、私から特に説明する必要はないと思ふ。私もそれに異議はなかつた。
候補作品九篇は、それぞれに候補作品たる理由と資格とをもつてゐたのだから、それにふさはしい特質だけは備へてゐるものだが、さて、そのうちから特に授賞の価値あると認められる作品が一篇もなかつたといふこと、しかも、出席委員がほとんど例外なくその意見に同じないわけにいかなかつたといふのは、誠に結果として淋しいことであつた。
伊賀山昌三の「最後の人」は、日記の形式で、一人の時代的な意味をもつた人物の典型がなかなか巧妙に捉へられ、とくに、その人物の批判を透して、作者の背骨といふやうなものがはつきり感じられる好もしい短篇である、が、それにも拘はらず、これは単に日記体といふ特殊な形式の限界によるだけでなく、内容手法ともに、もつと新味がほしい。
野村尚吾の「遠き岬」は、人物の映像がぼやけてゐて、結局、作者のねらひと思はれる叙情の効果が薄い。