岸田 国士
作者の言葉(「牛山ホテル」の後に)
この作品について私はなんべんも解説めいたものを書いたが、自分で自分の作品に註釈をつける必要があるとは思はない。それは常に読者に何かを強ひることになるからだ。
それゆゑ、この文章は、「牛山ホテル」と切りはなして読んでほしい。
私は戯曲といふ文学形式が、日本ではまだ十分にその多様性が認められてゐないことを知り、自分の才能におかまひなく、いろいろな試みをやつてみる決心をした。処女作の「古い玩具」をその手始めとして、日本ではそれまで「戯曲」にはならぬと思はれてゐたやうな主題をわざわざ撰び、それを無理に戯曲にでつちあげる工夫をしつゞけてゐた。つまり、その結果は、「何かを言ふために戯曲を書くのではなく、戯曲を書くために何かを言ふ」といふ極端な宣言までしたほどである。
しかし、ある時、ふと、「おれに当り前の戯曲が書けるか知ら」といふ疑問が起り、すこし態度をかへて、いはば正道ともいふべき戯曲的主題と構成とをもつた一作品の創作を思ひ立つた。それがこの「牛山ホテル」である。