田中 貢太郎

四谷怪談

元禄年間のことであった。四谷左門殿町に御先手組の同心を勤めている田宮又左衛門と云う者が住んでいた。その又左衛門は平生眼が悪くて勤めに不自由をするところから女のお岩に婿養子をして隠居したいと思っていると、そのお岩は疱瘡に罹って顔は皮が剥けて渋紙を張ったようになり、右の眼に星が出来、髪も縮れて醜い女となった。

それはお岩が二十一の春のことであった。又左衛門夫婦は酷くそれを気にしていたが、そのうちに又左衛門は病気になって歿くなった。そこで秋山長右衛門、近藤六郎兵衛など云う又左衛門の朋輩が相談して、お岩に婿養子をして又左衛門の跡目を相続させようとしたが、なにしろお岩が右の姿であるから養子になろうと云う者がない。皆が困っていると、下谷の金杉に小股潜の又市と云う口才のある男があって、それを知っている者があったので呼んで相談した。又市は、

「これは、ちと面倒だが、お礼をふんぱつしてくだされるなら、きっと見つけて来ます」

と、云って帰って往ったが、間もなく良い養子を見つけたと云って来た。それは伊右衛門と云う摂州の浪人であった。伊右衛門は又市の口に乗せられて、それでは先ず邸も見、母親になる人にも逢ってみようと云って、又市に跟いてお岩の家へ来た。

青空文庫の作品カード