岸田 国士

「歳月」前記

しばらく戯曲の創作から遠ざかつてゐると、近頃はまた戯曲が書いてみたくなつた。どうして戯曲を書かなくなつたのかと人からよく訊かれるが、別に深い理由があるわけではない。たゞ、すこし休んだ方がいゝやうな気がしただけである。

休んでゐるうちに、今迄書いたものがどうしてああ満足に舞台化されなかつたかといふ微妙な点について、はつきりした原因が自分にもわかり、ある覚悟に到達することができた。

これからはいくらか違つたものを書くことになるだらう。現在の日本がおかれてゐる文化的諸条件を受け容れつゝ、一個の演劇人としての宿命に、今、私は忠実であらうとしてゐる。

従つて、過去の作品の悉くは、私の踏んで来た足跡といふ以外に、更めて世に問ふ野心などはないのであるけれども、一人の作家の歴史はもはや何人も拭ひおほせない公の性質をもつのでもあるから、創元社の需めに潔く応じて、選集を出すことにした。そして、作品の採択編輯を社員秋山君に一任した。

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