三遊亭 円朝
松の操美人の生埋
一
一席申し上げます。お耳慣れました西洋人情話の外題を、松の操美人の生埋とあらためまして…これは池の端の福地先生が口うつしに教えて下すったお話で、仏蘭西の侠客が節婦を助けるという趣向、原書は Buriedalife という書名だそうで、酔った時はちと云い悪い外題でございますが、生きながら女を土中に埋め、生埋めに致しましたを土中から掘出しまする仏蘭西の話を、日本に飜して、地名も人名も、日本の事に致しましただけで、前以てお断りを申さんでは解りませんから、申し上げまするが、アレキサンドルを石井山三郎という侠客にして、此の石井山三郎は、相州浦賀郡東浦賀の新井町に※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)船問屋で名主役を勤めた人で、事実有りました人で、明和の頃名高い人で、此の人の身の上に能く似て居りますから、此の人に擬え、又カウランという美人をお蘭と名づけ、ヴリウという賊がございますが、是は粥河圖書という宝暦八年に改易に成りました金森兵部小輔様の重役で千二百石を取った立派なお方だが、身持が悪くて、悪事を働きました事を聞きましたから、これを圖書の身の上にいたし、又マクスにチャーレという、彼方に悪人がござりますからマクスを眞葛周玄という医者にして、チャーレを千島禮三という金森家の御納戸役にいたし、巴里の都が江戸の世界、カライの港が相州浦賀で、倫敦が上総の天神山、鉄道は朝船夕船に成っておりますだけで、お話はすべて原書の儘にしてお聞きに入れますから、宜しく其方でお聞分けを願います。金森家の瓦解に成りましてから、多く家来も有りましたが皆散り/\ばら/″\になりまして、嫡子出雲守、末の子まで、南部大膳