杉田 久女

桜花を詠める句

近代女流俳句は、大正七年以降全国的に長足の進歩をとげているのであるが、しかも尚お、閨秀の和歌に較べて、はるかに下位に取扱われ、閨秀歌人が自由に自家の歌集を世にとい、一般民衆と接触があるに反し、女流俳句は殆ど近代文芸のらち外に置かれているかの感がある。

たまたま俳句集が出版されても、俳句を作る俳人の間によまれるのみで、一般民衆とは全然没交渉であり、如何なる女流俳句があるかさえ殆ど知る人のないのは遺憾に堪えない。

よし女流俳句が個々の力は弱くとも、珠玉の句もあまたあり、必ずしも現代女流の和歌と対比して、甚しく優劣があるとは思われない。

中小学校の教科書等にも、元禄天明の女流俳句がのせられているが、純文学的に価値のひくい千代女の朝顔の句や、すて女の雪の朝二の字二の字句が、女流俳句のすべてであるよう、いつ迄も印象されつつある現状から、も一歩現代女流俳句がどんな所まで進み来たったかという事を、世人に知らしめたいものである。

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