中里 介山
大菩薩峠
一
その晩のこと、宇治山田の米友が夢を見ました。
米友が夢を見るということは、極めて珍らしいことであります。米友は聖人とは言いにくいけれども、未だ曾て夢らしい夢を見たことのない男です。彼は何かに激して憤ることは憤るけれども、それを夢にまで持ち越す執念のない男でした。また物に感ずることもないとは言わないけれども、それを夢にまで持ち込んであこがれるほどの優しみのある男ではありません。しかるにその米友が、珍らしくも夢を見ました。
「あ、夢だ、夢だ、夢を見ちまった」
中里 介山
一
その晩のこと、宇治山田の米友が夢を見ました。
米友が夢を見るということは、極めて珍らしいことであります。米友は聖人とは言いにくいけれども、未だ曾て夢らしい夢を見たことのない男です。彼は何かに激して憤ることは憤るけれども、それを夢にまで持ち越す執念のない男でした。また物に感ずることもないとは言わないけれども、それを夢にまで持ち込んであこがれるほどの優しみのある男ではありません。しかるにその米友が、珍らしくも夢を見ました。
「あ、夢だ、夢だ、夢を見ちまった」