中里 介山
大菩薩峠
今日から「Ocean の巻」と改めることに致しました。Ocean は申すまでもなく「大洋」のことであります。わざと英語を用いたのは気取ったのではありません。「大洋」とするよりも「海原」とするよりも「わだつみ」と言ってみるよりも、いっそこの方がこの巻にふさわしいような気持がするからであります。従来も「みちりや」と名附けてみたり「ピグミー」を出してみたりするのも、やはり同様で、ことさらに奇を弄するという次第ではありません。規模が大きいだけに、今後も思いがけない言葉が少しは飛び出すかも知れません。もし、不分明でしたら、不分明のままに飲み下しておいていただきましょう。「誦すべくして解すべからず」とすましておいた方がよろしいと思います。
一
駒井甚三郎と、田山白雲とが、九十九里の浜辺の波打際を、轡を並べて、馬を打たせておりました。
駒井は軽快な洋装に、韮山風の陣笠をかぶって、洋鞍に乗り、田山は和装、例の大刀を横たえた姿が、例によって奇妙な取合せであります。