新美 南吉

鳥右ヱ門諸国をめぐる

一

鳥山鳥右ヱ門は、弓矢を抱へて、白い馬にまたがり、広い庭のまんなかに立つてゐました。しもべの平次が犬をひいてあらはれるのを待つてゐたのです。

その、しもべの平次を、主人の鳥右ヱ門はあまり好きではありませんでした。平次はかれこれ二月ばかりまへ、鳥右ヱ門の館にやとはれて来た、背の低い、体のこつこつした、無口な男です。どこの生まれなのか、自分でもよく知らないといつてゐました。自分の生まれたところを知らないのは、馬鹿に違ひない、といふので、鳥右ヱ門の館では、平次をうすのろといふことにきめてゐました。平次はそれでも平気のへいざでした。しかし鳥右ヱ門は、ときどき、平次の眼の鋭く澄んでゐるのにびつくりすることがありました。みんなの眼が、よろこびに酔つたり、有頂天になつて落ちつきをうしなつたやうなときに、平次の眼は反対に、秋のひぐれの沼のやうに冷たく澄むのです。そんなとき、よく見ると、くつと結ばれた平次のくちのまはりに、かすかな笑ひのしわがあらはれてゐることもありました。鳥右ヱ門はかういふ眼で平次から見られると、一ぺんで何かが体からぬけていくやうに感じるのでした。たとへば、誰かをどなりつけようとして、口をあけかかつた瞬間、平次の冷たい眼にであふと、急にどなる元気がなくなつて、「もういいからあつちへ行け。」と相手に不機嫌さうにいふのでありました。

鳥右ヱ門にとつていちばん面白くないことは、鳥右ヱ門の大好きな犬追物をするときにかぎつて、平次の眼が鋭くとがめるやうに鳥右ヱ門の心をさすことでありました。生きた犬を放つて馬の上から射殺す、この犬追物の遊技は、鳥右ヱ門の何より好きなもので、三日に一度は、

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