中里 介山

大菩薩峠

一

秋風ぞ吹く白河の関の一夜、駒井甚三郎に宛てて手紙を書いた田山白雲は、その翌日、更に北へ向っての旅に出で立ちました。

僅かに勿来の関で、遠くも来つるものかなと、感傷を逞しうした白雲が、もうこの辺へ来ると、卒業して、漂浪性がすっかり根を張ったものですから、※(「彳+低のつくり」、第3水準1-84-31)徊顧望なんぞという、娑婆ッ気も消えてしまって、むしろ勇ましく、北地へ向けてのひとり旅が成り立ちました。

得てして、人間の旅路というものはこんなものでして、ある程度のところで、ちょっと堪えられぬようにホームシックにつかまるが、これが過ぎると、またおのずからいい気というものが湧いて出て、かなりの臆病者でさえが、唐天竺の果てまでもという気分になりたがるものです。

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