土田 耕平
千本木川
裏の山から出て、私の村の中ほどをよこぎつて、湖水へ流れこむ川を、千本木川といひました。千本木川――どうして、そんな名まへがついたのでせう。私の幼いころの記憶では、川ぶちに目立つほどの木もなかつたと思ひましたが――
この千本木川の岸に沿つて、ほそい一すぢ道が湖水の岸までつづいてゐました。私はその道づたひに、歩いて行くのが好きでした。
川は葭の茂つた中にかくれてゐて、水の音ばかりが、どう/\ときこえました。幅一間ばかりの小川でしたが、瀬の早い荒川でした。湖水岸へ出る二町ばかり手前に、葭のきれめから水の流がのぞかれるところがあつて、そこは、早瀬が岩にせかれて、淵になつてゐました。
ある夏のあつい日のこと、私は、いつものとほり、川づたひのみちを、行きました。青くすんだ淵のいろを見ましたら、何だか水にひたつてみたくなつて、葭のあひだを分けて、下りて行きました。岩の上へ着物をぬいでおいて、水の中へ、一足ふみこみますと、水晶のやうなつめたい水が、ぞつとしみて、からだぢゆうの毛穴がひきしまるやうに、おもはれました。私は、こは/″\二足三足とふみこんで、丁度乳のあたりまで水がとどいたとき、淵のまん中に立ちました。あたりを見まはすと、高く葭が取りかこんで、頭の上に、ぢり/\焼きつけるやうな、お日さまがくるめいてゐました。