土田 耕平
海坊主の話
私は子供の時分のことを思ひおこす時、何よりもさきに髯の爺のすがたが目に浮んで来ます。ふさ/\とした長い髯を生してゐましたところから、私は髯のぢい、髯のぢいと呼びなれましたが、今考へて見ますと、ぢいはその頃まだ五十にはなつてゐなかつたはずであります。その長い髯と、眠つてゐるやうな細い目と、皺のよつた顔とが、ぢいをいかにも年よりらしく見せました。
髯のぢいは、朝に夕に私の家へたづねて来ました。庭向きの縁に腰をかけて、長いきせるで煙草をふかしながら、家の祖母と話しこんでゐるぢいの顔つきは、いつ見ても楽しさうでした。ぢいは大口をあいてから/\と笑ふので、そのふさ/\した髯が笑ふたびに波立ちます。いつも見なれてゐる顔だけれど、私はふしぎなものを見るやうにその髯を見つめました。ぢいは祖母との話がとぎれると、庭さきでひとり土いぢりをしてゐる私の方へ向きなほつて、とぼけた顔つきで、
「弘法大師、どうぢやな。」
などと云ひかけます。私の名まへが弘蔵と云つたところから、ぢいはたはむれて私を弘法大師と呼びました。私が、泥手のまゝ跳びつくのもかまはず、ぢいは私をしつかりと抱きかゝへて、その長い髯を顔におしつけます。くすぐつたくなつて身をもがくけれど、なか/\離してくれません。そこで私は、泥手でぢいの髯をおしのけてやります。