土田 耕平
天童
はげしい雨風の夜であります。山小屋の爺は、早く雨戸を立てゝ藁布団の中へもぐりこみました。枕もとには、うす暗い置ランプがともつてゐます。時をり戸のすき間から風が吹きこんで来て、ランプの灯はゆら/\と動きます。爺は寝床の中から細い象のやうな目つきで、危なく消えようとするあかりを眺めてゐました。
「もう消えてもいゝよ。」
と爺はつぶやきました。けれど、あかりは消えさうに見えてなか/\消えません。
ザワ/\ザワ/\と、山の木立は波が立ちさわぐやうな音をつゞけてゐます。風が強くなつて来ると、その音がゴオーと一色に集つて、滝でも落ちて来るやうに聞えます。このはげしい雨風の夜に、人里はなれた山の中に、たゞ一人きりでゐる爺の姿は、丁度風にゆらめくランプの灯のやうにたよりなく見えました。しかし爺の心は、外の物音とは打つて変つて静かにおちついてゐました。もう四十年あまり住みなれたこの山小屋は、爺にとつては、世界のどんな立派な御殿にも勝つて貴い新しいものでありました。