北村 透谷

各人心宮内の秘宮

各人は自ら己れの生涯を説明せんとて、行為言動を示すものなり、而して今日に至るまで真に自己を説明し得たるもの、果して幾個かある。或は自己を隠慝し、或は自己を吹聴し、又た自らを誇示するものあれば、自らを退譲するものあり、要するに真に自己の生涯を説明するものは尠なきなり。

哲学あり、科学あり、人生を研究せんと企つる事久し、客観的詩人あり、主観的詩人あり、千里の天眼鏡を懸て人生を観測すること既に久し、而して哲学を以て、科学を以て、詩人の霊眼を以て、終に説明し尽すべからざるものは夫れ人生なるかな。

厭世大詩人バイロンが「我は哲学にも科学にも奥玄なるところまで進みしが、遂に益するところあらざりし」と放言し、万古の大戯曲家シヱーキスピーアが「世には哲学を以ても科学を以ても覗ひ見るべからざるものあり」と言ひたりしも、又た学問復興の大思想家と人の言ふなるベーコンが「哲学遂に際涯するところあらざるべし」と戯れたるも、畢竟するに甚深甚幽なる人間の生涯をいかんともすべからざるが為めならんかし。

人生はまことに説明し得べからざるものなるか。好し左らば、人生は暗黒なる雲霧の中に埋却すべきものとせんか。何物とは知らず吾人の中に、斯くするを否むものあるに似たり。

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