牧野 信一
駆ける朝
「苦労」は後から後から、いくらでもおし寄せてくる。どんな風に撥ねかへし、どんな風に享けいれるか? に、思案がいるが、思案の浮んだためしがない。
――早朝に起きる。机に、十八型程の大きさの磁石が載つてゐる。文鎮の代りである。此間まで懐中時計を重しに使つてゐたが、悲しい時には、僕にはあのセコンド針の小刻みの音がとても息苦しくなるのだ――そんなことをはなしたら理学土の友達が苦笑して、これを呉れた。――「これなら安心だらう。引力の続く限り針は……」
なる程僕は、この頃はじめて此処のSとNの方向を知つた。
水々しく青葉が輝いてゐる壮麗な朝だ。