牧野 信一

黄昏の堤

一

小樽は、読みかけてゐるギリシヤ悲劇の中途で幾つかの語学に就いての知識を借りなければならないことになつて、急に支度を整へて出かけた。停車場の辺まで来ると時間で出るバスが恰度出発したばかりのところで、走つて行くのが行手に見えた位だつたので、一層一ト思ひに! と思つて、大胯で歩き出したのである。

彼は真向うに見える丘を一つ越えた村にゐる友達の青野を訪れるのであつた。少々歩を速めれば、国道を回り道をして行くバスに比べて、此方は一直線に田甫道を寄切つて丘を伝うて進むのだから時間の相違は殆ど同じ程度だらう――などと思つて彼はステツキを振りながら彼方此方に月見草が咲いてゐる夕暮時に近い田甫道を小川のへりに沿うて急いで行つた。秋めいた微風が吹きはじめた頃で、たゞの散歩なら至極快い美しい眺めの田園風景なのだが、小樽は脇目も触れずに、上着を脱いでも汗は滲ませながら郵便脚夫のやうに忠実に進んで行つた。青草が靴を深く埋める程の小径である。

「途中で日でも暮れたら往生だぞ!」

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